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法人向けステーブルコインウォレット:MPCとマルチシグの比較

ステーブルコインは、これまで主に暗号資産市場で使われてきましたが、近年は企業の金融業務にも活用の幅が広がりつつあります。決済、清算、資金管理、トークン化資産など、さまざまな業務領域で導入を検討する企業が増えています。
企業がデジタル資産を扱ううえで、ウォレットは単なる保管場所ではありません。資産をどのように保有・移動し、取引をどのような承認フローで管理し、監査に対応するかを支える重要な管理基盤です。ウォレットの設計が不十分だと、特定の担当者やデバイスに権限が集中し、運用上のリスクが高まります。一方、適切に設計されたウォレットは、承認ポリシー、職務分掌、復旧手順、監査対応を支える基盤になります。
財務部門やオペレーション部門にとって、セキュリティは重要な要素の一つです。しかし、それだけでは十分ではありません。ウォレットの設計は、承認フロー、責任分担、取引記録の残し方、そしてデジタル資産を既存の財務プロセスにどう組み込むかにも大きく影響します。
つまり、ウォレットアーキテクチャは単なる技術選定ではなく、企業のガバナンス、リスク管理、業務統制に直結するテーマです。
カストディアルウォレット vs ノンカストディアルウォレット
ステーブルコインを日常業務に組み込む前に、まず考えるべきことがあります。それは、「誰がウォレットを管理するのか」という点です。
ウォレットを比較する際には、まずカストディアルウォレットとノンカストディアルウォレット、またはセルフカストディウォレットの違いを理解する必要があります。
カストディアルウォレットでは、第三者が秘密鍵を管理し、企業に代わって取引を承認します。
ノンカストディアルウォレットでは、企業自身が鍵、承認プロセス、ガバナンスポリシーを直接管理します。
シングルキー、マルチシグ、MPCの各ウォレットは、インフラの設計次第でノンカストディアルモデルとして構築できます。
企業にとって、この選択は「シンプルに運用できること」と「資産を自社で直接管理できること」のバランスをどう取るかという判断になります。資産の最終的な管理主体を決めた後は、その管理を技術面・業務面の両方でどのように構築するかを検討する必要があります。
より詳しくは、カストディアルウォレットとノンカストディアルウォレットに関するガイドをご覧ください。
ウォレットモデルの比較
ブロックチェーン上の取引は、一度実行されると基本的に取り消すことができません。そのため、ウォレットアーキテクチャは、取引前のリスクを抑えるための重要な管理策になります。取引が承認され、ブロックチェーンに送信される前の段階で、誰にどのような権限を持たせ、どのように権限を分散させるかを定めるものです。
企業が理解しておくべき主なウォレットモデルは、シングルキー、マルチシグ、MPCの3つです。
それぞれ、セキュリティ、管理方法、拡張性の面で異なる特徴があります。
シングルキーウォレット:シンプルだが、企業利用にはリスクが大きい
シングルキーウォレットは、暗号資産領域で最もシンプルかつ一般的なウォレットモデルです。一つの秘密鍵で管理され、その鍵を持つ人が取引を承認できます。
このモデルは、シンプルで動作も速く、多くの環境で利用できます。個人利用、プロトタイプ、少額のテストには適しています。
しかし、企業が本格的にデジタル資産を扱う場合には、リスクが大きくなります。一人の担当者が秘密鍵を管理している場合、その担当者が実質的に資産を動かせる状態になります。鍵の紛失、盗難、漏えい、誤操作が発生した場合、資産にアクセスできなくなったり、不正に移動されたりする可能性があります。
代表的なシングルキーウォレットには、次のようなものがあります。
ソフトウェアウォレット:MetaMask、Coinbase Wallet、Phantomなど。素早く柔軟に使える一方で、端末やブラウザ環境に依存するため、リスクも高くなります。
ハードウェアウォレット:Ledger、Trezorなど。秘密鍵の保管面では安全性が高まりますが、取引のたびに手作業が発生しやすく、最終的には一つの鍵で署名する点は変わりません。
シングルキーウォレットは実験には便利ですが、企業のステーブルコイン運用を長期的に支える基盤としては、適していないケースが多いでしょう。


2. マルチシグウォレット:複数人で管理できる一方、運用上の制約もある
マルチシグウォレットでは、取引を実行する前に複数の署名が必要になります。承認に必要な署名数は通常、設定できます。たとえば、3-of-5のマルチシグウォレットでは、5人の承認者のうち3人が署名すれば取引を実行できます。これにより、一つの秘密鍵に依存するリスクを減らし、複数人による管理体制を作ることができます。
マルチシグは、財務用ウォレット、プロトコル管理、共同ガバナンスなどに適した選択肢です。仕組みが分かりやすく、透明性も高いため、暗号資産関連の組織では広く利用されています。承認条件がオンチェーンで実行されるため、署名のしきい値や承認状況をブロックチェーン上で確認できる点も特徴です。企業によっては、承認プロセスがオフチェーンで処理されるMPCよりも、こうしたオンチェーン上で明示的に確認できる仕組みを重視する場合があります。
マルチシグウォレットには、大きく分けて2つの構成があります。一つは、ブロックチェーンが標準機能としてサポートしているオンチェーン型です。もう一つは、スマートコントラクトやスクリプトを利用する方式です。
EthereumなどのEVM互換チェーンでは、スマートコントラクト型のマルチシグが広く使われています。一方で、この方式は取引サイズや手数料が増えることがあり、運用も複雑になりがちです。また、コントラクトの脆弱性やアップグレード対応、他システムとの連携なども考慮しなければなりません。さらに、スマートコントラクトはチェーンごとにデプロイする必要があり、利用できないブロックチェーンもあります。
マルチシグは、多くの企業にとって導入しやすい選択肢といえます。しかし、ステーブルコインの運用が複数の法人やチーム、資産、ブロックチェーンへと広がっていくと、より柔軟で安全性の高い管理の仕組みが必要になる場面も増えてきます。

3. MPC ウォレット:分散管理と企業向けの柔軟性
MPCはMulti-Party Computationの略です。ウォレットインフラにおけるMPCウォレットでは、通常、Threshold Signature Schemes、TSSと呼ばれる仕組みを使って署名を行います。
TSSでは、複数の参加者が協力して一つのデジタル署名を生成します。ただし、完全な秘密鍵を一人が保有したり、復元したりすることはありません。あらかじめ定められた人数がそろった場合にだけ署名が生成され、それより少ない人数では取引を承認できません。
オンチェーン上では、通常の単一鍵アカウントと同じように見えます。複数人による承認や署名の調整はオフチェーンで行われるため、スマートコントラクトをデプロイせずにアカウントやアドレスを利用できます。
MPCの安全性は、鍵のシェアをどのように分散し、誰が管理するかという設計に大きく左右されます。企業向けのMPCでは、多くの場合、顧客企業とサービスプロバイダーの双方が署名プロセスに関与します。これにより、一人の担当者や一つのサーバー、一組の認証情報だけに依存するリスクを抑えられます。一方で、導入にあたっては、プロバイダーのインフラや可用性、障害時の復旧手順などについても十分に確認することが重要です。
企業がステーブルコインを運用するうえで、MPCには、裏側で権限を分散しながら、オンチェーンでは通常の取引として扱えるという特徴があります。この仕組みは、実務上、主に3つの点でメリットがあります。
まず、単一障害点のリスクを抑えられることです。一つのデバイス、従業員アカウント、サーバー、認証情報が侵害されても、それだけで資産を動かせる状態にはなりにくくなります。
次に、複数チェーンでの互換性を確保しやすいことです。Bitcoinでは、MPC-TSSを使うことで、ネイティブマルチシグに伴う取引サイズ、手数料、スクリプトの複雑さを抑えられる場合があります。EthereumやSolanaでは、標準的なアカウントや取引フローとの互換性を保ちながら、スマートコントラクトウォレットに伴う一部の制約を回避できます。
さらに、業務上の承認プロセスと暗号学的な署名処理を分けられることです。

マルチシグとMPCは何が違うのか
マルチシグとMPCは、どちらも「一つの秘密鍵だけで企業資産を動かせる状態」を避けるための仕組みです。大きな違いは、承認ロジックがどこで実行されるかにあります。
マルチシグウォレットでは、承認条件は通常、スマートコントラクトウォレットなどを通じてオンチェーンで実行されます。必要な数の署名が集まっているかどうかを、コントラクトやプロトコルが確認したうえで取引を実行します。
一方、MPCウォレットでは、承認と署名の調整は複数の参加者の間でオフチェーンで行われます。これにはサーバー側と署名者側の参加者が含まれます。ブロックチェーン上では、最終的に一つの暗号鍵で署名された通常の取引として扱われます。ただし、どの参加者も完全な秘密鍵を持つことはありません。
実際には、企業が両方の仕組みを使い分けることもあります。たとえば、長期保管用の財務ウォレットには、ガバナンスの透明性が高いマルチシグを使い、日常的な運用ウォレットには、社内承認システムと統合しやすいMPCベースのワークフローを使う、といった構成です。
どちらも権限を分散する仕組みですが、透明性や互換性、柔軟性、そして信頼の前提となる考え方には、それぞれ違いがあります。
企業のステーブルコイン運用でMPCが有効な理由
企業がステーブルコインを本格的に活用するようになると、ウォレットには単に資産を保管・送金するだけでなく、承認や権限管理、監査への対応といった機能も求められます。こうした要件に対応しやすいのが、MPCベースのウォレットです。
MPCベースのウォレットは、分散された署名権限や柔軟なポリシー管理を備えており、複数の資産やブロックチェーンを一元的に管理しやすいという特長があります。そのため、財務、オペレーション、コンプライアンスなど複数の部門が、共通の管理体制のもとでデジタル資産を運用しやすくなります。
その背景には、企業におけるステーブルコインの活用範囲が急速に広がっていることがあります。導入当初は清算や資金管理から始まっても、その後は仕入先への支払い、グループ会社間送金、クロスボーダー決済、トークン化資産、ステーキング、レンディング、流動性供給などへ利用が広がっていきます。
その結果、ベンダーへの支払いやグループ会社間送金、ステーキングなど、用途に応じて異なる承認ルールや支出上限を設定し、監査証跡を残せるような、よりきめ細かな管理が必要になります。
ただし、MPCは導入すれば自動的にすべてが解決するわけではありません。復旧方法、ポリシーの適用、ユーザー権限、外部システムとの連携、監査証跡、運用管理の仕組みは、プロバイダーによって大きく異なります。
企業にとってMPCが真価を発揮するのは、暗号技術による高い安全性に加え、日々のデジタル資産運用を支える実務的な管理機能を備えている場合です。
Curvegridが提供するソリューション
ここまで見てきたように、企業がステーブルコインやデジタル資産を活用するには、ウォレットを選ぶだけでは十分ではありません。シングルキー、マルチシグ、MPCのいずれを採用する場合でも、それを安全かつ効率的に運用するための管理体制が欠かせます。
たとえば、
利用者ごとの権限設定
取引金額や用途に応じた承認ルール
支出上限の設定
法人ごとの資産管理
監査に対応できる操作履歴
障害時の復旧手順
社内システムやブロックチェーンとの連携
といった仕組みを整える必要があります。
CurvegridのMultiBaasは、こうした運用を支えるための開発プラットフォームです。APIやエンタープライズ向けツールを通じてブロックチェーンを既存システムと連携できるため、基盤を一から開発する負担を抑えられます。また、 Safeのマルチシグを利用したマルチシグ環境を業務システムに組み込むことも可能です。
さらに、Curvegridは、MPCベースのカストディやロールベースのアクセス制御、複数法人にまたがる資産管理、監査に対応した承認フローなど、企業のデジタル資産運用に必要な機能を備えたインフラの提供にも取り組んでいます。
私たちは、企業が財務やコンプライアンス、内部統制の要件を満たしながら、デジタル資産を安全かつ効率的に活用できる環境づくりを支援しています。
まとめ
ステーブルコインが企業の資金管理に活用される場面は、今後ますます広がっていくでしょう。その一方で、安全性だけでなく、権限管理や監査、ガバナンスまで含めて運用できるインフラが欠かせません。
シングルキーウォレットは、検証や小規模な利用には適しています。マルチシグは複数人での管理に適した選択肢です。そして、複数の部門や法人、ブロックチェーンにまたがる運用が求められる企業にとっては、MPCが有力な選択肢となります。
重要なのは、デジタル資産を企業の資金管理や業務の一部として安全に運用できる仕組みを整えることです。
ステーブルコインやMPC、マルチシグ、カストディアルウォレット、ノンカストディアルウォレットの導入を検討している企業に対し、Curvegridは承認フローや資金管理、監査要件、システム連携まで含めた最適なアーキテクチャ設計を支援しています。
貴社に適したウォレット運用について詳しく知りたい方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。
FAQ
MPCウォレットとは?
MPC(Multi-Party Computation)ウォレットとは、秘密鍵を一か所で作成・保管しないウォレットです。秘密鍵は暗号化されたシェアに分割され、複数の当事者によって管理されます。取引時には、暗号プロトコルを使って複数の参加者が共同で署名します。
この仕組みにより、秘密鍵が漏えいするリスクを抑えながら、オンチェーン上では通常の単一署名ウォレットと同じように利用できます。そのため、企業向けのカストディや資産管理に適しています。
マルチシグウォレットとは?
マルチシグ(マルチシグネチャ)ウォレットとは、取引を実行するために複数の秘密鍵による署名が必要なウォレットです。たとえば、複数の鍵保有者のうち一定数が署名した時点で取引を実行できます。
一つの秘密鍵に依存するのではなく、複数の鍵保有者に管理権限を分散します。たとえば、2-of-3や3-of-5のような構成があります。これにより、単一障害点のリスクを抑え、複数人による管理体制を構築できます。そのため、マルチシグは財務管理やプロトコル管理で広く使われています。