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日本におけるステーブルコインの転換点:新たな制度設計、その背景、そしてこれから
2026/02/24

ステーブルコインは、USDやJPYなどの法定通貨と1対1で価値を連動させることを目的としたデジタルトークンです。ブロックチェーン上で利用できる「デジタルマネー」として機能し、24時間365日の決済、プログラム可能な支払い、同時履行型の受渡(DVP)、さらにはコルレス銀行網を介さないクロスボーダー送金を可能にします。
世界的に見ると、ステーブルコインはすでに金融システムにおいて無視できない存在となっています。USD建てステーブルコインの年間決済額は数兆ドル規模に達しています。USDTを発行するTetherは、準備金を米国債で運用することによる利息収入を主な要因として過去最高益を計上しました。報道では、従業員1人あたりの利益水準で見て、世界でも屈指の高収益企業であるとも指摘されています。この収益構造は、高水準の米ドル金利と巨額の準備金残高に支えられています。
一方、日本の状況はやや異なります。
なぜこれまで日本では広がらなかったのか
長年にわたり、日本ではステーブルコインの必要性はそれほど高くありませんでした。国内の暗号資産取引所は厳格な規制の下で運営され、銀行システムとも密接に連携しています。個人・法人ともに、登録済み取引所を通じて円の入出金を円滑に行うことができ、銀行インフラも安定していました。
銀行アクセスが限定的な国と比べると、日本では円建てデジタルキャッシュをあえて導入する必要性は高くありませんでした。
しかし、状況は変化しています。オンチェーンでの取引活動は拡大し、デジタル資産の国際的な移動も増えています。企業は24時間決済やプログラム可能な資金管理を求め始めています。そして何より、日本では法定通貨担保型ステーブルコインに関する明確な法制度が整備されました。
日本の制度設計:3類型の発行主体
改正資金決済法では、「電子決済手段」という枠組みが新設されました。ここには、額面での償還が保証された法定通貨担保型ステーブルコインが含まれます。
発行が認められているのは、次の3類型に限定されています。
銀行
信託会社または信託銀行
資金移動業者
基本的な考え方は明確です。法定通貨に連動するトークンは、償還確実性と資金保全を確実に担保できる規制対象事業者のみが発行できる、という設計です。
さらに、ステーブルコインを取り扱う事業者向けに「電子決済手段等取引業者」という登録区分も設けられました。発行と流通を分けて規律する二層構造により、消費者保護と市場の安定性を優先する枠組みとなっています。
自由放任ではなく、段階的かつ管理された形でデジタルマネー基盤を整備する。それが日本のアプローチです。
制度整備前の対応:JPYCとGYEN
2023年の制度施行以前、日本にはパブリックブロックチェーン上で償還可能な法定通貨連動トークンを想定した専用制度は存在しませんでした。そのため、各プロジェクトは既存制度の枠内で対応する必要がありました。
JPYCの初期モデル(JPYC v1)は、法的にはステーブルコインではなく「前払式支払手段」として設計されました。これにより、円連動トークンとして機能しながら既存の規制枠内で運営することが可能となっていました。その後、新制度の成熟に伴い、電子決済手段の枠組みへの移行を表明。2025年8月には資金移動業者として登録を受け、正式にステーブルコイン発行が可能な3類型の一つに位置づけられました。
一方、GYENは異なる経路を取りました。
GYENはニューヨーク州金融サービス局(NYDFS)の監督下にあるGMO Z.com Trust Companyによって発行されました。円連動型ステーブルコインでありながら、規制上の拠点は米国にあります。当時、日本には専用の発行制度が存在しなかったため、NYDFSの信託会社スキームを活用した海外発行は実務的な選択肢でした。
これら2つの事例は、制度整備前の日本における制約を象徴しています。
海外ステーブルコインの国内展開
改正制度は、海外発行ステーブルコインの国内取扱いにも道を開きました。
2023年11月、SBIホールディングスとCircleは、日本におけるUSDCの普及を目的とした提携を発表しました。2025年3月には、SBI VCトレードが電子決済手段等取引業者として登録され、USDCを初の取扱銘柄として公表しました。これは、日本法の枠内で主要なグローバルステーブルコインを流通させる初の明確な事例となりました。
一方で、世界最大規模のUSDTは、CircleのUSDCの2倍以上の時価総額を有していますが、日本国内で同様の体制をまだ構築していません。登録仲介業者の確保や規制対応は依然として高い参入障壁となっています。
さらに、収益構造の違いも無視できません。Tetherの収益は、準備金を米国債で運用することによる利息収入に大きく依存しています。高水準の米ドル金利環境が、このビジネスモデルを支えています。
これに対し、日本国債の利回りは歴史的に低水準でした。近年は上昇傾向にあるものの、2026年2月時点で日本の10年国債利回りは約2%です。この金利差は、準備金運用を前提とするステーブルコインの収益モデルに直接的な影響を及ぼします。
つまり、米ドル建てで成立している金利依存型のモデルは、円建てでは同様の規模や収益性を期待しにくい構造にあります。
Progmat、SBI、そしてメガバンクの動き
国内で注目されるインフラ構想がProgmat Coinです。MUFGを起点に発展してきたこの基盤は、トークン化資産およびステーブルコインの発行・管理プラットフォームとして位置づけられています。
MUFG銀行、みずほ銀行、三井住友銀行、三菱UFJ信託銀行、そしてProgmatは、ステーブルコインを活用した決済モデルの実証に取り組んでいます。これは、ステーブルコインを投機的な暗号資産としてではなく、将来的な決済インフラの一部として検討していることを意味します。
仮に標準化と相互運用性が確立されれば、銀行バック型の円ステーブルコインが企業実務に組み込まれる可能性も現実味を帯びてきます。
一方、SBIによるUSDC展開は、国内発行と並行してグローバルなUSD流動性に接続する戦略と捉えることができます。
今後は、
銀行主導・国内向けの円建てステーブルコイン
日本の制度下で流通する主要USDステーブルコイン
という二つの軸が併存する構図が見えてきます。
USD中心の市場構造と円建ての立ち位置
法定通貨担保型ステーブルコイン市場の規模は約2,920億ドル。その中心は圧倒的にUSDです。
Circleが発行するEURCは、G10通貨建てステーブルコインの有力候補と目されていました。しかし、その時価総額は約4億6,400万ドルにとどまり、USDCと比較すると限定的な規模です。
日本発の円建てトークンであるJPYCも、時価総額は約1,200万ドル規模にとどまっています。
これは円やユーロの価値の問題ではありません。ドルは世界の外貨準備の約56.92%を占め、為替取引の約88%に関与しています。ステーブルコイン市場も、その国際金融構造を反映しています。
したがって、円建てステーブルコインの現実的な戦略は、USDをグローバル市場で凌駕することではありません。国内の商流・資本市場において、規制されたデジタルマネーとして確立し、その実用性を既存の銀行・決済インフラを通じて拡張していくことにあります。
なぜ今、日本で重要なのか
個人利用者にとっては、従来の銀行・取引所インフラが十分に機能してきました。しかし、企業や金融機関にとっては視点が異なります。
ステーブルコインは、
24時間決済
条件付き支払いの自動化
照合作業の効率化
国際取引における摩擦の低減
といった機能を提供します。
トークン化証券、デジタル債券、オンチェーン担保市場が拡大する中で、規制されたオンチェーンマネーは不可欠な基盤インフラとなります。
2023年の制度整備により、不確実性は大きく低減しました。今後は、実際の発行規模や実需に裏付けられた取引量の拡大、そして企業システムやコンプライアンスを前提としたブロックチェーン基盤との統合が進むかどうかが焦点となります。
日本の制度は慎重でありながら、着実に前進しています。枠組みは整いました。次に問われるのは、実装と規模です。
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